怒鳴りあって、父親が母親を殴りつけて。
忘れたいけど、ことある事にそのシーンが鮮明に
私の頭の中に蘇るのです。
母親の顔に残る無数の痣や
頭からダラダラと血を流すシーンが…。
父親はスイッチが入ると途端に罵声と暴力的な行為で
私と母親を恐怖に陥れた。
まだ幼い私にはその様は恐ろしく悲しいだけだった。
耐えかねた母親が家に警察を呼んだり
親戚に助けを求めたりしていたが平和が訪れる事は無かった。
当時、私の家では愛を感じられる事がこれっぽっちもない。
私は結婚しているが、正直に言うと家族愛だなんてものは未だにピンとこない。
◆アダルト・チルドレン(AC)とは何?
日本アダルトチルドレン協会より抜粋
アダルトチルドレン(AC)は、1980年代初頭、アメリカのアルコール依存症における臨床の中から生まれた言葉で、「アルコール依存症の問題を抱えた家族の中で成長した大人」(ACoA:AC of Alchoholics)を意味していました。しかし日本では、アメリカと比較すればアルコール依存症者の人口比率が低いせいもあって、私たちはこのAC概念を、ACOAも含め「機能不全家族の中で成長した大人」(ACOD: AC of Dysfunctional Families)の問題として捉えています。すなわちACとは、子供時代に主に親子関係の中で心の傷を受け、この心の傷が癒される時期が無いまま成長し、その影響で現在も“生き苦しさ”に悩んでいる成人を意味しています。
心理療法に通う様になってから
カウンセラーからACである事を指摘された。
ACは誰の心の中にも存在する事で
それを強く意識してしまっている人がなるらしい。
ACという言葉に囚われない様にと言われた。
私は幼い頃から歳を重ねるにつれて
絶対に親の様にはならないという思いを強くしていた。
自分自身でも、両親に対してだけ出される
この憤慨した気持ちは何なのかと思っていた。
何故こうも恨んでいるのかと。
以前インターネットでACという言葉を知った時に
私はACかもしれないと思ったが
それ以上どうしたら私自身の汚い気持ちから
自由になれるのか分からなかった。
そして、子供だった私を傷つけた親を絶対に許さないという思考と
親なんだからなんとか許したい、愛して欲しいという気持ちが
私の身体の中でゴチャゴチャになってしまった。
まず自分がACだと自覚する事から
色んな糸口が見つかるんじゃないだろうか。
そして溜まりに溜まったものを外に吐き出しながら
自分の矛盾に気が付いていけるのだと思う。
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私が気にさわるような事を言ってしまうと逆上して殴る。
机に頭を打ち付ける。皿やハサミが飛んでくる。
そうして父からの暴力という圧力で溜まったものを
外に吐き出していたのかもしれない。
でも当時の私はそれが恐ろしくて仕方がなかった。
私が高校に上がるまで八つ当たりは続いたと思う。
中学の時に叩かれている最中に首筋を強く引掻かれて
水ぶくれのが無数に出来た事があったが
友達に「どうしたのか?」と聞かれても
「猫に引掻かれた」と笑って流すしかなかった。
猫飼ってなかったけど(笑)
母は股関節脱臼をしていて神経過敏症。
私が物心ついた時には
「私は足が悪い」「神経過敏症だ」と口癖の様に言っていた。
だから幼い時がそれが特に問題のある事と思わなかった。
小学校低学年ぐらいから家の中が異様に汚かった印象が強い。
母が家事をしている姿をほとんど覚えていない。
友達が家にくると「足の裏が真っ黒になった」と言われ
汚いものを見るような目で言われたのがショックだった。
そして「みっちちゃんのお母さん嫌い」とか言われだした。
その頃から「あれ?やっぱり何か違うの?」と意識し始めた。
同時に母は一人で突然しゃべり出したり
(誰も居ないのに誰かとしゃべってる)
突然大笑いし始めたりする事が多くなっていった。
何を笑ってるの?と聞いても
「神経過敏症だから」とか「思い出し笑い」とか言われたと思うけど、当時の私にはそれは理解できなかった。
私はその光景を間近で見ているうちに
母親の事がとんでもなく恥ずかしい存在になってしまった。
友達から言われる事や自分が間近で見る母の姿は
私の目には「家事をしない怠け者の奇妙な母親」に映った。
周囲の大人達も同じ様な目で見ていた。
私は団地の1階に住んでいて
部屋の中に居ても、窓の外の世間話が聞こえたりした。
そして明らかに私の母親の事を言っているのが聞こえる時があった。
母親の悪口を言ってるんだ。と、落ち込んだ。
大人から見てもやはり母はやっぱり異様なんだ。
その娘の私は自分自身も恥ずかしい存在の様な罪悪感でいっぱいになった。
そして最終的には母を恨み出した。
なんでそうなの?なんで?なんで?なんで?
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さらに、「どうしてもっと前向きに楽天的に物事を捉えられないのか」と、自分で自分を苦しめる。
幼い自分が成長していく過程で身に付けたものだ。
今ではパターン化されクセになってしまっている。
だから直そうと思っても自然に、そこへ流されてしまう。
ひと言でACといっても、それぞれの成育家族の状況や、個々人のパーソナリティは異なるので、依存症の有無、暴力の問題の有無、鬱病や心身症など症状の有無、ひきこもり状態の有無、就労の可否、(自分が親の側になっての)子供との関係・・・等、具体的に誰がどのような困難を抱えているかは、必ずしも一様ではありません。
日本アダルトチルドレン協会「ACの問題」より
ただそうしたことの一方で、私たちACの多くが共通して持っている幾つかの問題があり、それには以下のようなものがあります。
・先取り不安と時間感覚の障害
まだ起っていない“悪い未来”への不安に縛られてしまう。また「自分の将来に待っているのは悪い未来ばかり」としか思えな い。
・見捨てられ不安
“良い子”の自分でいないと、好きな人から嫌われてしまうし、もう他の誰からも愛してもらえないと思う。
・マインド・リーディング
相手の言動や表情から「自分はイヤがられている」「私がこの人を不快にさせてしまった」などの“悪い答え”ばかりを引き出し てしまう読心術。
・承認欲求と愛されたい願望
「認められたい」「愛されたい」という他者への過度の欲求で、自分自身が混乱してしまう。
・テスティング
相手を困らせたり不快がらせる言動をわざとして、自分への愛情度を測る「試し行動」。
・親密感と距離感の問題
他者との関係が、くっつき過ぎか離れ過ぎかのどちらかになってしまい、互いにとっての適度な距離感が実感できないし、維持できない。
・対人恐怖
むしろ相手との関係が親密になってゆく過程で出て来る問題で、表面的な関係では極度な対人緊張 として感じる。
・自他の境界線の問題
他者の感情や行動上の問題に、自ら巻き込まれてしまう。また逆に自分の 感情や行動へ相手を巻き込んでしまう。
・白黒思考
「誰からも愛されている」か「誰からも嫌われている」か、そのいずれかだけというように、自分の中にいつも二者択一の選択肢しかない。
・完璧主義
白黒思考と似たオール・オア・ナッシング的な考え方で、「全ての準備」 や「成功への約束」が整わないと、“何もしない完璧主義者”になり易い。
・パワーゲーム思考
人間関係を「優・劣」「上・下」「勝ち・負け」の尺度で見てしまう。しかも多くの場合、自分が「劣」「下」「負け」側になっている。
・自己主張の問題
嫌なことを「イヤ」と相手に言えなかったり、正当な欲求や要求を「自分のわがまま」だと思い込 んでしまい、言葉にして伝えることが出来ない。
・責任感の問題
「この場をつまらなくさせているのは自分が居るからだ」など、過剰で不要な責任を感じてしまう反面、果たす必要がある責任を放棄してしまう。
・自分の感覚や感情への不確実感
「嫌だ」「好きだ」と感じた自分の感覚や、怒りなどの自分の感情に、「そう感じた通りで正 しい」という実感が持ちにくい。
怒りの感情と、その表現の仕方(伝え方)の問題
淋しさの感情 と、その感情との“つきあい方”の問題
問題自体の否認やコントロール欲求の強さ・・・など
しかしこれらは決して、あなたの性格や人格の“異常さ”や“未熟さ”の問題ではありません。「ダメな性格」などというものは存在しないのです.
性格や人格を“矯正”したり“変容”して「ふつう(以上)の人」になること、それが回復なのではありません。問題は私たちACが身に付けてしまっているこのような思考や行動のパターンが、自分自身を生き辛くさせていることに あります。
ただ、このような思考・行動パターンを身に付けたことを、自分のせいにする必要もまたありません。そうした思考や行動パターンの 原型は、機能不全家族の中で、あなたが生き残って成人してゆく時、選択の余地無く身に付けざるを得なかったものだからです。
いくつも自分の思考や行動パターンに当てはまる。
こうなってしまったって事を悔やむなら悔やむでいいし
この部分は直したいって思って努力するのもいいし
こうしなければ生きてこれなかったのだから開き直るのも良いと思う。
当時は選択する余地が無かったけれども
それはその時の必死な考えや行動だった。
今思うと悔やむ事ばかりかもしれないけど、自分を責める必要はない。
むしろとっても頑張って戦ってたんだな。と褒めてあげたいぐらいだ。
許せないなら許せないままで良いと思う。
許せない自分を責めることない。
私はとっても傷ついて、その事をうまく表現できなかったのだ。
淋しさ、悲しみ、怒り。
まっすぐにぶつけられなかった。
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自分が損するか得するかの毎日。
入院前はこんな事ばかり考えてた私だった。

「金・金・金」のはじまり
もともとお金に執着がなくて
好きな物を買ったり、友達におごったり
カードも使って、ちょっと借金があったりした。
旦那は金癖が悪くて、ギャンブルが好きだ。
付き合っている時もギャンブルにのめり込み
競馬場でペテン師にまんまと騙され、100万の借金をした。
そこから坂道を転げ落ちる様に借金を重ねていった。
旦那は借金をギャンブル儲けて返そうとしていたようだ。
私に借金を告白した時には200万くらいになっていた。
本当はいくらあったか知らない。
私と会う時はいつもギャンブルだった。
私は一緒にいたいから着いていく。
私も調子に乗ってギャンブルで負けて借金が増える。
彼は私よりもお金が無いので
ご飯代とか飲み代とか私が払う事が多くなっていった。
現金が無いとカードで払ったり、どんどん借金が増えてく。
私は彼の足だった。
飲食店で働いていたので、夜が遅くて帰りの足がない。
私は彼の家の最寄の駅までわざわざ車で夜中に迎えに行く。
そして私のおごりでご飯を食べたら家に送り届ける。
こんな事が毎日毎日一年くらい続いた。
私は自分がただ使われているだけの様な感覚になっていった。
でも一緒にいたいから毎日毎日行ってしまった。
今思うと、その当時の楽しい事なんて一つも思い出せない。
彼が転勤で違う県に行くと言う。
貯金してやり直すと言う。
それまであった借金はすべて彼の親が返してくれたらしい。
私は離れるのは淋しかった。
でも彼に頑張って欲しかったので、遠距離になった。
ところが、毎日の迎えをしなくて良くなると
私は自分の心がとても休まっているのを感じた。
毎日毎日夜中に出かけて、明け方帰り、自分も仕事に行く。
そんな生活に疲れ果てていた事に気付いた。
彼が転勤してから私は、毎日早くに眠くなり
今までの睡眠不足を取り戻すかの様に眠った。
仕事が終わって、家で食事をして自分の時間を楽しんで眠る。
そんな穏やかな生活がとても心地良かった。
自分の新しい道「フラワーコーディネーター」を見つけ
ライセンスを取るために教室へ通い、仕事をしながらバイトをする。
一人の時間を有意義に使える様になった。
1年半が過ぎて、私は頑張っている彼と一緒に住む事を決めた。
仕事を辞めて、同棲をするため私も引っ越した。
自分の借金は全部返した。
収入の少ない私には結構大変だったけど
ケジメをつけてから、違う土地で新たに頑張ろうと思った。
つづきます。
母に私の思い通りの愛をそそいで欲しかったから
それが得られなくて母性愛欠乏症に陥ってACとなった。
私が理想の母親像をつくり
私の頭の中のロボットが行動するとおりに
行動しない母を恨んだ。
思い通りに愛してもらえないから恨んだ。
恨んだところで、愛は手に入らないと気付いた。
そして現実的に病気の母には無理だったのだ。
私は愛を欲しがってる割には、愛に敏感じゃなかった。
どんな小さな想いだって、愛なのだ。

「許し」って事が最近の私のテーマになってる。
自分を許す。
相手を許す。
思うに、頭の中だけじゃ「許す」って事はできない。
行動しなきゃ、気付けない。
気付かないと、許せない。
体が勝手に動く。
それは愛があるから。
自分がそうしたいから。
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